8. 笑顔でいてほしくて、

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 「杏奈?」  「あ、修平さん!お帰りなさいっ!!」  突然リビングのドアを開けて入って来た彼にびっくりした。  修平さんが帰宅したことに全然気付かなかったのだ。  いつもだったら、アンジュの反応で帰宅に気付いて、一緒に玄関まで彼を迎えに行っているのに。  リビングの時計を見ると、針は六時半を指そうとしていた。  「ただいま。ぼうっとしてたみたいだけど、どうかした?料理で忙しかったの?」  「ううん。えぇっと……、忙しくは無いけど、ちょっと手順とか考えてただけ」  「そっか。じゃあ、着替えてくるね。夕飯よろしく」  ニコニコしながら私の頭をサラッと撫でた修平さんは、自分の部屋へと戻って行く。私は彼の後姿を見つめながら、頬が熱くて心臓が(せわ)しなくなるのを感じていた。 ***  「おぉ!!すごいご馳走だ!!」  着替えを済ませて戻ってきた修平さんは、ダイニングテーブルの上を見るなり、目を輝かせてそう言った。  綺麗な顔をした大人の男性が、少年みたいに大きな口を開けて歯を見せて全開の笑顔を見せている。  その顔を見られただけで、私は朝から買い出しや調理に頑張ったことが報われたような気持ちになった。  彼が笑っていてくれるだけで、私は嬉しい。  彼が辛そうにしていると、私も哀しい。  彼に触れられると、ドキドキで少し苦しくなる。  私に分かっているのはそれだけ。  自分の事なのに分からないことだらけだ。  だけど、今はとにかく彼を笑顔に出来るように頑張ることが、私の『恩返し』のひとつなのだと自分に言い聞かせた。  
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