8. 笑顔でいてほしくて、

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 「葵。―――何か急な仕事でもあったのか?」  いつもより少し硬めの口調で話す修平さん。  「仕事なら職場か電話で話すでしょ」  「じゃあ、突然どうした?」  「ん~……」  彼女は修平さんと私を交互に見て、真顔のまま「急に来て悪かったわね」と言った。  彼女のその態度は敵意を感じるものではないのだけれど、決して居心地の良いものでもない。  すると彼女は「はい、これ」と、手に持っていた紙袋を差し出した。  「今日誕生日でしょ?だから渡そうと思って持って来たの。定時後に渡そうかと思ってたんだけど、修平君、今日に限ってさっさと帰っちゃうから」  「そうだったんだ。ありがとな」    「どういたしまして。じゃ、お邪魔しました」  「あ、葵!」  修平さんは踵を返した葵さんを引き止めた。それから私の方を振り返り少し早口で言う。  「杏奈。そろそろフライパンの中がやばくなるかも」  「あっ!」  ハンバーグを蒸し焼きにしてる事をすっかり忘れていた。  「先に戻ってて。俺は門の外まで葵を見送ってくるから」  「うん……」  二人のことが気になって一瞬躊躇ったけれど、お誕生日のメインメニューをダメにしたくなくて急いでキッチンへ駆け戻った。
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