8. 笑顔でいてほしくて、

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 修平さんが気付いてくれたお陰で、ハンバーグは無事だった。ホッと息をつく。  ふっくらと焼けたハンバーグをそれぞれのお皿に盛り付けて、フライパンの中に残っている肉汁にケチャップとソースを入れて煮詰めていく。これが父直伝のハンバーグのレシピだ。  出来上がったソースをハンバーグの上に掛けていると、修平さんが戻ってきた。  「これ、さっき貰ったワイン。せっかくだから開けようか」  長細い紙袋の中から彼が取り出したのは赤ワインだった。  さっき私をじっと見つめていた葵さんの顔が、脳裏をよぎる。  「えっと…私、ワインはほとんど飲んだことなくて……」  「そっか。それなら少しだけ飲んでみて、無理ならやめたらいいよ」  今日の主役である彼にそう勧められたら、断る選択肢なんてない。  「じゃあちょっとだけ……」  私の返事を聞いた修平さんは心なしかウキウキとした足取りで、グラスを出してワインを開ける準備を始めた。  「修平さん、お誕生日おめでとう」  「ありがとう、杏奈」  赤ワインの入ったグラスがカチンと音を立てて合わさった。  修平さんはワイングラスに少し口を付けてから、すぐにハンバーグへと箸を伸ばした。  私は固唾を呑んでそれを見ていた。  ハンバーグを口に入れた次の瞬間。  「すっげーうまいっ!!」  大きな笑顔で彼がそう言ったので私は「良かった…」と胸を撫で下ろした。  修平さんはいつも丁寧な口調で話すのに、今の言葉はかなり砕けていた。  でもかえってそれが、取り繕わない彼の本心なのだと感じて、心の底からじわじわと喜びが湧き上がる。  「今まで食べたハンバーグの中で、これが一番美味しいよ!」  「そんな……大げさだよ……」  「いや、ほんとに。毎日食べたいくらいだ。っていうか、毎年誕生日に食べたいな」  最後の呟きに、心臓がドキンと跳ねあがった。  『毎年』って……。  私たちは今だけの繋がりで、修平さんの足が治って私が新しい部屋を見つけたら、もうなんの係わりもないんでしょう?    心の中でモヤモヤとした思いが湧き上がる。  手に持っているワイングラスの中の赤い液体を見つめながら、ジッと考えていた。  「杏奈?」  そんな私を見て不思議に思ったのか、修平さんが私に呼びかけた。
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