8. 笑顔でいてほしくて、

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 「どうかした?」  「う、ううん、なんでもないの。私にも飲めるかな、ってワインを見て考えてただけ」  「この赤ワインは口当たりが良くてフルーティだから、初心者の杏奈にも飲みやすいと思うよ」    そう勧められて、私はゆっくりとグラスに口を付けた。  鼻から抜けた赤ワインの香りには、ベリー系の中に少しスパイシーな感じも交じっていて、軽い口当たりで思ったより飲みやすい。飲み込むときに喉が熱くなったから、『やっぱりお酒なんだな』とは思ったけど。  「美味しい…かも」  「だろ?」  それから修平さんはハンバーグ以外に箸を伸ばして、口にするたびに「これも美味しい」「この味も好きだな」と、一つ一つ褒めてくれる。気持ちが良いくらいパクパクと食べてくれる姿を見ていると、『頑張って作って良かった』と思えた。  食事をしながらの会話も、とても楽しいものだった。  修平さんが『以前から手掛けている仕事が佳境に入ってきたとか、新しく設計しているお客様の猫が黒猫なんだけど、前足だけ靴下を履いているみたいだった』とか。  私とアンジュのお散歩コースの開拓で盛り上がったり、月末に発売される本のことにも話が及んだ。  少しも途切れることなく色々な話をした。  普段から一緒に食事をする時、修平さんは私が気まずくならないようにと気付かって、色々と話をしてくれたり聞いてくれたりするけれど、今日はいつもより格段に会話が弾む。二人で食卓を囲んでもう一週間になるから、きっと私も慣れてきたんだと思う。  それにほんの少しだけ、アルコールのおかげもあるかもしれない。いつもよりリラックスして会話を楽しめた。
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