8. 笑顔でいてほしくて、

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 片付けをすることで、少しずつ冷静さを取り戻してきた。キッチンとリビングと言う物理的な距離も、私を落ち着かせる理由の一つだ。  洗い物をしながら考えたけれど、やっぱり彼の行動の真意が分からない。  ハグだって、家族ならするかもしれないよね……。  どんなに考えてたって堂々巡りで答えが出ない。  流れていく水を目で追いながらこっそりため息をつくと同時に、やかんのお湯が沸いたので、私は一旦考えることを止めた。  お誕生日の主役に出すコーヒーを、失敗するわけにはいかない。  手元の動作だけに集中しなければ……。  「お待たせしました」  ソファーの所でワインを飲みながらアンジュと遊んでいた修平さんの所に、淹れたてのコーヒーを持って行った。  「それ……」  「改めて、お誕生日おめでとう。修平さん」  私が両手で持ったお盆の上にはロウソクを立てたケーキが。  ケーキの上のロウソクは【29】という数字になっている。  「わざわざケーキまで用意してくれたの?」  「甘いもの苦手だったらごめんなさい」  「甘いものも、好きだよ」  修平さんと目が合うと、彼の瞳が甘さと意地悪さを含んでいるように見えて、慌てて目を逸らした。  「そ、そっか、良かった。買ったやつだから味は保障出来るよ」    「杏奈は?お菓子作りはしないの?」  「ううん、お菓子作りは割と好きな方。でも今回は道具が無かったし、修平さんの好みが分からなかったからお店のにしたんだ」    「なるほど。じゃあ、次は杏奈の作ったケーキが食べてみたいなぁ」  「えぇっと………機会があったら作るね」  なんだか修平さんの声が、今までより甘い艶を含んでいるような気がしてしまう。  私は彼の方を見れなくて、視線の置き場を探すけど見つからない。  なんとか間を持たせようと、私はロウソクに火をつけた。
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