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さっき頬に触れたのは、アンジュの鼻先じゃなくて……。
その事実に考えが辿り着いた瞬間、「それ」が触れたところに手を当てた。
その場所から火が出てるかのように熱くなっていく。
だんだんと暗闇に目が慣れた時、私の鼻先数十センチのところに、彼の顔があるのがぼんやりと見えてきた。
暗闇の中でも、彼が私をじっと見つめているのが分かる。
彼の顔がそっと近付いてくる。
私は、顔を背けることも目を逸らすことも出来ず、彼が近付いてくるのをスローモーションのように見つめ続けた。
静寂の中で、私の心臓の音だけが鳴り響いている。
修平さんの唇が私の頬をそっとかすめたあと、彼はそのまま私の肩にコテン、と自分の額を置いた。
「まいったな……」
弱り切ったような甘えたような声色。
私は彼の額が置かれた肩に熱を感じて、身動きひとつできずにいる。
彼が「は~っ」と息をつくだけで私の体はビクリと跳ねあがった。
まいったのは私のほうなんだけどっ!
そう叫びたい気持ちに駆られたけれど、喉が張り付いて口を開くことすらままならない。
声を出すことが出来ない代わりに、目に涙が浮かんでくるのが自分でも良く分かった。
固まったままでいる私からそっと体を離した修平さんは、触れるか触れないかのギリギリのところで止まる。
彼の瞳はしっとりと濡れたように光り、心なしか揺れているように見えた。
彼は私をじっと見つめたあと、「ふっ」と軽く息をついてから離れて行った。
「ケーキ、食べようか」
いつもの優しい目をして微笑みながら、そう言った彼に、私は黙って頷くことしか出来なかった。
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