8. 笑顔でいてほしくて、

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 「修平さん……」  見上げた彼は私から少し顔を背けて、こちらを見ようとはしない。  俯き加減で斜め下を見ている彼の瞳は、不安定に揺れていた。さっき見た寂しい子どもの瞳で。  「遅くにごめんね。じゃあ」  踵を返した彼の服の裾を慌てて握った。  「待って!」  引き止められた彼はその場に足を止めた。  私の手を振り払うようなことはしなかったけれど、背を向けたまま黙っている。  私は彼の裾を握る手に力を入れて、少し強めに引っ張った。  すると、修平さんの顔がゆっくりとこちらに振り向いた。だけど彼の視線は床に落ちていて、私のことを見ようとしない。  私はギュッと目をつむった。  何も考えない。何も怖くない。  合わない彼の視線も、分からないままの彼の真意も。  言わなくちゃ―――勇気が萎んでしまう前に。  「……いるよ」  「え?」  短い言葉の意味が分からなかったのか、修平さんの体が少しだけこちらを向く。  私はすかさず彼の服の裾を離すと、その手を彼の手に重ねた。  今度は彼の方が、弾かれたようにこっちを向いた。    彼と視線が合わさると同時に、私は言った。  「朝まで一緒にいるよ」
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