8. 笑顔でいてほしくて、

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 「杏奈……」  真意を探るような彼の瞳が、私を見下ろしている。  今は逸らしちゃ……だめ。  彼の瞳をじっと見つめ返した。  触れるだけだった彼の手を、思い切って握ってから自分の方にそっと引っ張った。  力を入れたわけではないのに、体の向きを私の方に戻した彼は部屋の方に一歩踏みこんだ。一歩、また一歩と、少しずつ部屋の中に入ってくる。  ベッドの前まで進んだ時、私はこれ以上どうしたら良いのか分からなくなった。  修平さんのいつもとは違う様子に勢いだけでここまで来たけれど、いざベッドを前にした途端、ずっと鳴り響いている心臓の音が、より一層大きくなって頭の中で反響している。  急にパニックになって、頭がグラグラと湧き出すように熱くなってきた。  わ、わたし…もしかして修平さんを誘っちゃったの…?  どうしよう!そんなつもりじゃない、って言わないと。  でも……こんなことをしておいて、今更違うって言える!?  ぐるぐると回る思考に、視線の先の足元もユラユラしてくる。  パニックになりすぎた私の下まぶたに溜まっていく水滴が、どんどん視界を覆っていった。
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