9. 好きにならないわけないだろう?――Side修平

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9. 好きにならないわけないだろう?――Side修平

[1]  ベッドサイドに腰かけたまま、俺の腕の中で眠る杏奈。  いつもくるくると表情豊かに動く瞳は、今は静かに閉じられている。  せっかく寝たとこなのに、起こしたら可哀想だよな。  もう少し彼女の眠りが深くなるのをこのまま待つことにしようと、俺は彼女の顔を眺めながら思った。  肩まで伸びた少しクセのある柔らかな髪が、頬にかかっていてくすぐったそう。指先でそっと払ってやると、閉じているまぶたがピクリと震えた。  その反応に、俺はとあることを思い出してしまう。  俺がアンジュを「アン」と呼ぶたびに、彼女の体がピクリと反応することに、割と早いうちから気がついていた。  ああ、そうか。「杏奈」だから、彼女も「アン」って呼ばれているんだろうな……。  そう思い当たったら、アンジュを「アン」と呼ぶ回数が自然と増えた。  これまでは「アンジュ」と呼ぶのも「アン」と呼ぶのも気分次第だったけど、彼女が一瞬止まるその姿が小動物みたいで可愛くて、ついつい「アン」と呼んでしまう。  だけど、いつまで経ってもそれに慣れない彼女の姿を見ているうちに、俺の方が彼女のことを「杏奈」と呼びたくなってしまった。だからついついもっともらしい理由を付けて、「杏奈」と呼ぶことにしたのだ。  ついでに俺のことも名前で呼ぶように「お願い」すると、彼女は顔を真っ赤にして抵抗していたけど、俺の強引さに負けたようだった。  俺のちょっとした言動ですぐに赤くなる彼女。それを見たくて、何かにつけ触れたくなってしまう。  緩く波打つ髪は見た目も触り心地もアンジュとよく似ていて、だからつい気軽に撫でてしまうんだ。    これって良くないよなぁ……。  頭ではそう思っているのに、事あるごとに彼女に触れてしまうのを俺はやめられなかった。
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