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一瞬の出来事に、まだ現状を把握しきれない。
理解できているのは私が階段を踏み外したことと、どこも痛くはないこと。
固く閉じた瞳をおそるおそる開いてみる。
目の前には、明らかに男性の者と思われる体があった。
「えっ!な、なんで!?」
困惑しながらも意識はしっかり現実に戻ってきた。
ふっと香った爽やかなシトラスは記憶に新しい。
たくましい腕に抱きしめられ、男性を下敷きにしたまま私は階段の下に倒れていた。
倒れたままその胸から顔を離してその香りの主を見た。
「た、たきざわさんっ!?」
私がびっくりしながら彼の名前を呼んだけれど、彼は固く目を閉じたまま「うぅ…」と苦しそうに唸った。
痛みを堪えるようなうめき声に、私は彼の上から慌てて飛び退いた。
「どこか痛いんですかっ!?大丈夫ですかっ!?」
階段から落ちる私を受け止めてどこかに怪我を負ったのは一目瞭然だった。
「頭を打っていたらどうしよう……」と考えただけで恐ろしくなり、私は真っ青になり涙が溢れてくる。
すると瀧沢さんは顔をしかめながらうっすらと目を開けて私を見た。
「…大丈夫。痛いのは足だけ…だから……。着地に失敗してひねっただけだ……他はどこも打ってないから…心配しない、で」
そう言って落ち着かせるように私の頭をそっと撫でた。
ほっとして、瞳に溜まっていた涙がポロっとこぼれ落ちてしまう。
「泣かないで…大丈夫だから」
そう言って彼は、私の頭を撫でていた手でこぼれた涙をぬぐってくれた。
彼の大きな手は温かくて優しくて何だか安心出来た。
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