9. 好きにならないわけないだろう?――Side修平

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 それから時々この河川敷で彼女を見かけるようになった。  天気の良い日にはベンチで読書をしていたり、自転車を漕いでいるところを車の中から見かけたり。  一度は、草むらの中に茶色いものが見えたので、思わずアンジュかと思って目を凝らしたら、彼女の結んだ毛先だった。  「クスリ」と笑いが漏れた。  遠くからそっと観察していると、どうやら本を片手に花冠を編んでいたようだ。本を見ながら悪戦苦闘する様が、離れたところにいても分かる。  なんだか小動物みたいな愛らしさがあるな、と一人肩を震わせて笑ってしまった。  そうやって無意識に彼女のことを見つけてるようになってからしばらく経ったある日。  久しぶりに立ち寄った図書館のカウンター内に、彼女の姿を発見した。  思わず「あ!」と口から漏れて、慌てて口元を手で押さえる。  そうか、彼女はここの司書だったんだ。  首から下げているネームタグには「司書 宮野杏奈」と書いてあって、その上には小さな初心者マークが着けられていた。  ああ、新米司書さんなんだな、と微笑ましくなる。  それからは図書館に足を運ぶたびに、何となく彼女の姿を探してしまう自分がいた。  ―――なんだろう、これは。    ちょっとした、探し物ゲームを楽しんでる気分だ。    そう、自分の中で位置付けた。  「新米司書の宮野さん」はいつでも一生懸命だ。  真剣な顔で手元のパソコンを見ている時もあれば、利用者の問いかけに笑顔を見せて案内したり。  たまに見る幼児向けの読み聞かせでは、本人が一番楽しそうにニコニコと絵本を読んでいた。  彼女を見ていると、微笑ましかったり可笑しかったり、とにかく温かい気持ちになれる。  彼女のことを河川敷や図書館で見た日は、なんとなく調子が良く、仕事もスムーズに進む。疲れていたり気持ちが沈んでいたりしても、また明日から頑張ろうと思えてくる。  彼女は俺にとっての四葉のクローバーみたいなもんかもな。  見つけたらいいことがあるのかも。  そう密かに思って、彼女との遭遇を俺は楽しんでいた。
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