9. 好きにならないわけないだろう?――Side修平

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[2]  俺一人が勝手に杏奈のことを見続けて、もう一年経つんだな。  その彼女がこうして俺の胸で眠っている。一年前の自分には想像もつかないだろう。  祖母と暮らしたこの家で、他の誰かと暮らすことになるなんて思っても見なかった。しかもそれがあの『四葉のクローバー』の子とだなんて。  すっかり寝入っている杏奈を抱き直し、ベッドにそっと横たえた。  起きてしまうかも、と思ったけれど、彼女はそのまま気持ち良さそうに眠っている。    俺はベッドサイドに座って杏奈の寝顔を見下ろしながら、彼女がこの家に来ることになったあの日のことに思いを馳せた。 ――――――――――――――― ―――――――――― ―――――  出勤途中のいつもの河川敷。  新年度の始まったこの時期には、満開の桜が道を覆ってトンネルのように続く。  とても美しいこの道を通勤で通る度に、俺は祖母のことを思い出していた。  生前祖母は、この河川敷の桜のこともとても気に入っていて、よく散歩に来ていたのだ。  桜を見るとほんの少しだけ胸が締め付けられるけれど、それでもここが美しいことに罪はない。  もうここの桜の見ることが出来なくなってしまった祖母の代わりに、俺が桜の移り変わりを見ていよう。そう思った矢先のことだった。  桜のトンネルの中を車で通りぬける時、あの『茶色い尻尾』が見えたのだ。  自転車の横にしゃがみ込んで俯いている姿が、対向車線を車で通りすぎた俺の視界の片隅に、一瞬それが映ったのだった。
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