9. 好きにならないわけないだろう?――Side修平

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 こんなに必死に理性の糸を張っているのに、それを崩すのはやっぱり杏奈のすごいところかもれない。  料理を片付けた彼女は、コーヒーを入れてくれて俺のところまで持って来てくれた。  その手に持った盆の上には、小さ目のホールケーキが。  「改めて、お誕生日おめでとう。修平さん」  そう言ってロウソクに火を灯し、薄暗闇の中彼女は小さな声で歌い出した。  そっと優しく、子守唄のようなその歌声で唄うのは、俺の誕生日を祝う歌。  ロウソクの灯に照らされる彼女の顔がとても美しい。  部屋の中も俺の胸の奥も、小さな彼女の歌声とロウソクの灯で濃く満たされていく。  子どもの頃から久しく聞いていなかったそれを聞きながら、俺の心は灯のように揺れていた。  心の中がジワリと温かくなる。  なぜか小さな子どもに戻ったみたいに泣きたくなった。  彼女の歌声が途切れた。  それまでロウソクを見つめながら歌っていた彼女が俺の方に目を向ける。俺は少しだけ潤んだ瞳を見られたくなくて、ロウソクに息を吹きかけてその火を消した。  
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