9. 好きにならないわけないだろう?――Side修平

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***  杏奈は俺の我がままを何も言わずに聞いてくれた。  きっと、怖がらせてしまっただろうな。    そんなことがしたかったわけじゃない。  ただ、夜が明けるまで君の息吹を感じていたかっただけなんだ。  「君の存在がこんなに大きくなっていたなんてな……」  眠っている杏奈の髪を、そっと手に取って小さく呟く。  安心しきったように眠る彼女が愛おしい。  毎日朝早くから起きて、朝食の準備とアンジュの散歩に精を出している。その姿はとても一生懸命だ。何事にも真剣に一生懸命取り組むその姿勢は、彼女らしい。  でもあまりにも真面目にこなして行く姿は『仕事』のようで、時々胸が苦しくなる。彼女にとってそれらの行為は俺が怪我をしてしまったことへの『贖罪』。一生懸命さは俺への『罪悪感』からくる『使命感』なんだろう。  その一生懸命が全部『俺自身の為』ならいいのに―――。  彼女にここに居て欲しくて、彼女の『罪悪感』を利用したはずなのに、それ自体が俺の首をゆっくりと締めていく。    杏奈の閉じた瞳に唇を寄せる。  触れるか触れないか、ほんの一瞬だけ。  唇から伝わってくる彼女の肌は滑らかで、もっと味わいたくなる。  いつも挨拶代わりに額にするキスですら、もっと触れたくなるのを堪えるのに必死になるのに、こんな風に眠る彼女を抱きしめて、その温もりを感じながらする口づけは麻薬のようだ。もっともっと、と俺を誘惑する。  俺をこんな風にしてしまう彼女の破壊力に、いつまで持ちこたえることができるだろうか。  俺の足も、もうほとんど良くなっている。杏奈の前では松葉杖を一本だけは使っているけれど、実際は無くても不自由はない。職場にいる時はほぼ使っていないし、外出する仕事の時だけは一応持っては行くが、そろそろそれもいらなくなるだろう。  この足が完治したら、杏奈はきっとここを出ていく。
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