10. 『恋』かどうか分からない。

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 「ここからの景色は、亡くなった祖母も気に入っていたんだ」  「そうだったんだね……」    遠くの景色を見つめたまま話す彼と、同じ方向を見た。東から差し込み始めたばかりの朝陽に照らされて、川面がキラキラと光っているのが見える。  「桜が満開の時期は、本当に美しい景色が見れるんだ」    「素敵。私も見てみたかったな」  「来年また来ればいいよ」  彼の台詞に言葉が詰まった。    『来年』私がもしここでそれを見ることがあったとしても、きっと一人なんだろうな。  そう思うと切なくて胸が苦しい。  「……そう、ね」  無言でいるのも気まずく、そう返事をするのがやっとだ。  「……亡くなった祖母は桜をこよなく愛してたんだ。その祖母は二年前の今日、桜が散るのを見届けて、亡くなった」  「え……」  二年前の“今日”亡くなった―――ということは……。  「修平さんのお誕生日の次の日に、お祖母(ばあ)さまは亡くなられたってこと?」  「そうだね」  前を向いたまま寂しそうな笑みを浮かべる彼を見て、私は軽く身震いする。  彼のいつもとは違う昨夜の様子が、ストンと腑に落ちた。  もしかしたら、誕生日の夜にはお祖母さまは良くない状態だったのかも……。  ゆうべの修平さんの不安定さは、そこから来ていたの…?  隣に立つ彼の横顔を見上げながら考えていると、私の視線に気づいた彼がこちらを見た。  「杏奈……そんな顔しないで」  修平さんが困ったように微笑みながら、私の頬をひと撫でする。触れられたところからみるみる朱が差して、慌てて彼から目を逸らした。  「わっ、私もお祖母さまにご挨拶してもいい?」  「え?」    「瀧沢家にお世話になってるんだし、きちんとご挨拶しておきたいの」  「ああ、どうぞ」  修平さんからの了承を得た私は、お線香の煙が細く立つ墓前に腰を落とした。  目を閉じて両手を合わせる。心の中で、彼のお祖母さまのご冥福をお祈りする。
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