6073人が本棚に入れています
本棚に追加
/271ページ
少し考えこむようにしていた千紗子さんが、「じゃあ、それ以降は?」と聞いてきた。
「………ありません」
「え!?」
「初恋以降、誰かを好きになったことはないんです」
私がそう言うと、千紗子さんは思い切り目を丸くした。二の句を告げないみたいだ。
初恋は叶わなかったけど、私には恋をする必要なんて無かった。父が私のことを可愛がり甘やかしてくれたから。社会人となった今だって、父と出かける時には腕を組むこともある。
少しだけ黙っていた千紗子さんが、「ふぅ~」と短く息をついた
「私の意見じゃあまり参考にならないかもしれないけど、」と前置きを付けてから言った。
「初恋が実らなかったのは残念だけど、でもちゃんと『ドキドキ』したり『嬉しかったり』したんでしょ?小さな頃にそうだったから今も『ドキドキ』は恋の入口じゃないかしら?でも、初恋と違う気持ちが芽生えたら本当の『恋』になるかもね」
「違う気持ち……?」
「そう、『嫉妬』とか『独占欲』とか。『彼を他の人に取られたくない』と思ったら、それはやっぱり『恋』じゃないかしら?」
「他の人に取られたくない……」
頭の中に一瞬、綺麗で大人なあの女性が浮かんだ。
(どうして葵さんが…?)と思った時、千紗子さんが言う。
「他の誰かに譲ってあげられるくらいなら、それは『大人の恋』ではないと思うわ」
「……考えてみます」
私は千紗子さんが言ったことを、しっかり頭に置いておこうと思った。
最初のコメントを投稿しよう!