10. 『恋』かどうか分からない。

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 「それはそうと、杏ちゃん。瀧沢さんの足が完治したらどうするの?今朝見た感じだと、もうお手伝いも必要なさそうな感じだったわよね?」  「そうなんですよ……実は私も新しい部屋を探してはいるんですけど、なかなか良いところがなくて……」  修平さんから告白された後、私もこのまま瀧沢家にお世話になっていては良くないような気がして、新しい住まいを探してはいる。  火事に遭ったアパートの管理人さんが他で管理している物件を訊いてみたのだけど、空いている部屋のあるアパートは通勤するにはちょっと遠い。同じ不動産会社の物件も、希望に合うところは埋まってしまっていた。多分今が4月半ばで、ちょうど新年度の入れ替わりが終わった直後だからだろう。  他の不動産会社に行ってみようと思っていることを修平さんに報告した時に、彼から言われたのだ―――。  「でも修平さんが、仕事関係の不動産会社に聞いてみてくれると言ってくれてます。引越し先が見つかり次第、瀧沢家を出ようと思ってはいるんですが……」  「彼は反対しなかったの?」  「反対は、しませんでした。でも残念そうにはしてました」  その時の修平さんの顔を思い出す。  眉を下げて寂しそうな目をして「杏奈がここを出ることを止める権利は、今の俺にはないからね」と言われて、胸がズキリと痛んだ。  彼に寂しい思いをしてほしくないと思っているのに、自分がそんな顔をさせてしまうなんて、何となく罪悪感が拭いきれない。  「そうね。でももしお断りするなら、一緒に住んでるの気まずいでしょう?というより、杏ちゃんは自分に言い寄っている男性と二人で暮らしていて大丈夫なの?瀧沢さんが優しい方でも、やっぱり男性よ?嫌なことはされてないの?」    「えっ!……えぇっと……私が嫌がるようなことはされたことはありません。恥ずかしくなることはよくあるんですけど……」  「今朝みたいな?」  「そ、そうですね……」  またその話を持ち出されて頬が赤くなってくる。  「……あのレベルなら大丈夫ね」  「あのレベルって……」  「挨拶程度ってことよ」  「あれで挨拶………」  黙り込んでしまった私を見た千紗子さんが「クスっ」と笑う。  「もしお断りして居づらくなったらうちにおいでね。旦那さんにも少し話してあるからいつでも大丈夫よ」  「ありがとうございます……その時はお世話になります」  千紗子さんが優しい顔で微笑んでくれて、私たちの昼休憩は終わった。
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