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「杏奈、可愛い」
修平さんが覗き込むようにして更に顔を近付けてくるから、反射的に少し身を引いた。
私は今日の装いを迷いに迷った末に、春先に買ったピンクベージュのワンピースにした。
全体を同色のレースで覆われたこのワンピースは、お腹の前でリボンベルトを結ぶと、膝丈のスカートがふんわりと広がってとても女の子らしいシルエットになる。
袖は桜の花びらみたいなフリルがついているフレンチスリーブなので、上からトレンチコートを羽織ってきた。足元は、普段は仕事がらローファーばかりなのだけど、折角なので今日はシャンパンゴールドの五センチヒールのパンプスだ。
いつもは後ろで一つにくくるだけの髪も、ゆるく巻いてハーフアップにしたし、メイクもいつもよりはちょっとだけ、濃い目にしてしまったから、それがいいのか悪いのかすら自分では判断できずに不安になる。
ひとまず修平さんが「可愛い」と言ってくれたのでホッとした。恥ずかしい気持ちはもちろんあったけれど、今日は『とにかく一緒にいる彼に恥をかかせてはいけない』という気持ちの方が強い。
「ダメだ……」
「えっ!どこか変なとこがある!?」
慌てて修平さんに「どこか教えて!」と言おうした矢先。
「杏奈が可愛すぎて誰にも見せたくない」
目の前の彼の腕が伸びてきて、私の肩を抱き寄せた。目の前が彼のシャツとネクタイだけになってしまった私は、ハッとする。
「しゅ、修平さん!ここ外!みんな見てるからっ!」
「うん。男たちがみんな杏奈を見てる」
「違うから!!」
焦って彼の胸を両手で押し返そうと突っ張ると、思ったほどの手応えもなく彼の体が離れる。
ホッと肩を下した途端、私の額に「ちゅっ」とリップ音が立った。
「今日の杏奈のお洒落は俺の為だよね?」
小首を傾げて問う彼の瞳が甘い。
胸がドキドキと高鳴って、彼の唇が触れた額だけじゃなく、顔全体が熱くなっていた。
「も、もう行こう!で、電車がちょうど来るみたいっ」
改札の電光掲示板を指差しながら、彼の腕を引っ張る。
「そうだね、じゃあ行こうか」
彼はそのままするりと私の手を握って指を絡めた。
「しゅ、しゅうへ…」
「乗り遅れるから、早く」
そのまま改札をくぐってホームへと足早に向かった。
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