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「きれいだよね」
突然斜め上から振ってきた柔らかい声に、ハッと我に返った。
「す、すみません。私……」
松葉杖を突いた怪我人を立たせたまま、こんな所でボーっとしているなんて…!手伝いどころか足手まといにしかなってないじゃない!!
我に返って、あまりにも自分の役立たずさに血の気が引くようだった。唯でさえ、私のせいで怪我を負って彼はさっきまで怒っていたではないか。
自分の失態に顔が上げられない。
「あの桜はさ、俺の曽祖父が植えたものなんだ」
柔らかく包み込むような声色に促されるように、おそるおそる目線を上げる。
「曽祖父にとって初めての我が子、俺にとっての祖父が生まれた記念に植えたんだって。祖父の妹の誕生の時の樹もあるし俺の父親のも、もちろん俺が生まれたときに植えた樹もあるんだ。この家の庭には至る所にそういう樹が植えられているんだよ」
じんわりと染み入るような温もりあるその声に、そっと隣に立つ彼を仰ぎ見た。
ドクリ、――――心臓が飛び出すかと思うほど跳ねた。
彼は真顔で私の顔をじっと見ていたのだ。
「いっ―――、」
いつから見られていたの!?
桜のほうを見ながら話しているのだと思っていたのに!
思わず目を見開いた私を見てニコリと笑うと、彼は言葉を続けた。
「あの桜はこの家のシンボルみたいなものだから、お褒めに預かり光栄です」
瀧沢さんは少し揶揄うような顔をして、クスっと笑って家の方に向かってゆっくりと進んで行った。
私はバクバクと鳴る胸を押さえて、少しの間そこから動くことが出来なかった。
火照った頬を、春の夜風がそっと撫でるようにふいていった。
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