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「杏奈は本当に美味しそうに食べるから、見ていて気持ちいいね。美味しいものをどんどん食べさせてあげたくなるなぁ」
「ありがとう。でもそれって、なんか餌付けみたい……」
褒められているはずなのに、複雑な気持ちになる。
「あははっ、餌付け出来るんなら、いつも美味しいものをあげるから俺の側にいてくれる?」
いたずらっ子みたいな顔をしている彼の、瞳の奥に甘い光が宿っている。
私が口ごもって何も言えなくなってしまうと、彼はその意地悪な笑みを引っ込めて、また口を開いた。
「それだけじゃなくて、杏奈はカトラリーの扱いも上手だよね。お箸の時から思っていたんだけど」
「そうかな?…そう思って貰えて安心したかも」
とにかく今日は『修平さんに恥をかかせない』がスローガンの私にとって、その言葉はとても嬉しい。
ホッとして肩の力が自然と抜けていく。どこかしら緊張していたみたいだ。
「どこで覚えたの?」
「どこで、ってわけじゃないんだけど…自然と、かなぁ」
「自然と?」
「うん。小さな頃からお祝いの時にはこういう雰囲気のレストランや料亭で食事をすることが多くて、両親に連れて行って貰ううちに、少しずつ覚えたんだと思うの」
「お祝いの時って、誕生日とかご両親の結婚記念日とか?」
「うん、そんな時。子ども心に、いつもより可愛い恰好をしてちょっと大人の世界を覗けたのが楽しかったのを覚えてるよ」
「いいなぁ、小さい杏奈も可愛かっただろうな…今の杏奈は大人の女性としてとっても魅了的だけどね」
「え、えっ?修平さんっ!」
今日何度目か、数えきれなくなるくらい甘い言葉を囁かれているのに、言われるほどに恥ずかしさが降り積もっていく。
私は、そんなに素敵なんかじゃないよ……。
そう言って抗議したいのだけど、今ここでそんなことを言ったら、甘い台詞が何倍にもなって返ってきそうな予感がして、大人しく口を噤んだ。
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