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そっと手を引かれて赤い絨毯の上を歩く。静かに進んだ廊下の突き当たりにあるそのドアの前で、彼の足が止まった。
「これ」
その手には目の前のドアのプレートに書かれている番号と同じ数字の入ったカードキーがある。
修平さんは私にそのカードと私のバッグを手渡し、頭をひと撫でする。
「落ち着いたら携帯に連絡して。俺はホテルのバーにいるから。眠たかったら寝てしまってもいいよ」
そう言って踵を返した彼の手を、私はとっさに掴んだ。
ピタリ、と彼の動きが止まる。
ゆっくりと私の方を振り返った彼の顔には、驚きと困惑が表れていた。
「杏奈…?」
顔だけ振り向いた彼は、体をこちらに向けることはせず、真意を問うように私の名前を呼んだ。
「いかないで……」
口の先っぽだけで呟く。小さすぎる声は彼の耳には届かない。
「え?」
「い、行かないで。…渡したい物があるから、一緒に来てほしいの」
今度は彼の耳に私の声が届いたようで、彼は私の方に体を向け直した。
「ここで受け取るのじゃ、だめかな?」
「中で、渡したい…」
「杏奈……いくら俺でも、一緒に部屋に入ったら、『紳士』なままではいられないよ…」
困ったように眉を下げた修平さんの、瞳の奥が揺れている。
彼は私が握った手を、そっと反対の手で解こうとした。
けれど私は、それに抗うように、彼の手を握る手にギュッと力を込めた。
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