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いつのまに、この香りに落ち着きを覚えるようになったのだろうか。もう随分と馴染んだシトラスの香りに包まれている。
「杏奈、泣かないで。俺を見て」
弱々しい声でそう乞われて、涙に濡れたままの顔を両手から少し上げると、困ったような、戸惑っているような、そんな修平さんの瞳が私を見下ろしていた。
彼は私の体を緩く囲ったその腕をひとつだけ解いて、その手で私の涙を拭う。
「俺のこと、嫌いになったんじゃないの?」
悲しそうな瞳でそう問われて、私は勢いよく大きく頭を左右に振った。
「杏奈こと、泣かせたのに?」
今度は小さく横に振る。
「もう一度……聞かせて、杏奈」
彼の瞳が懇願するように揺れる。
「お願い、杏奈」
「すき、です。修平さんのことが好き」
今度こそ彼の目を見て、しっかりと気持ちを口にした。
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