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「何か誤解があるみたいだね。ここは寒いから中でゆっくり話そうか。申し訳ないのだけど、転がったもう一本を拾ってくれるかな?まだ松葉杖のまましゃがむことが出来なくて」
左腕に松葉杖を、右腕に私を抱えたまま、瀧沢さんは申し訳なさそうに私にそうお願いしてから、そっと右腕をほどいた。
「あ、はい!……どうぞ」
赤く火照った顔を隠すように慌てて松葉杖を拾い上げ、瀧沢さんに渡した。恥ずかしくて顔は上げられない。
「ありがとう。どうぞ入って」
滝沢さんはそう言ってドアを開けてくれたけれど、私は足を一歩前に出すのを躊躇った。
今朝だって、男の人の車の助手席に乗るのすら初体験だったのに、ましてや家になんて上がったことはない。
それに瀧沢さんはこんな大きなお家に住んでいるのだから、きっとご家族がいらっしゃるのだ。
「わっ私、瀧沢さんのご家族に怪我のことをご説明してお詫びしたら、すぐ帰りますから。だ、だからここで大丈夫ですっ」
「ご家族?…ああ、ここには俺一人で住んでいるんだ。だから説明は良いし、ずっと謝罪の言葉なら貰っているから大丈夫。とにかくここは寒いよ。早く入ろう」
彼は私の背中をそっと左手で触って促した。
私はその手にますます緊張してしまう。
「あ、でも、あの……」
その時だった。
「ワンッ!!」
「きゃあっ!」
開いた玄関扉の中から突然黒っぽい犬の顔が飛び出して目の前で軽く吠えたのだ。
突然の出現に思わず声を上げて瀧沢さんの方に体を寄せてしまった。
「こら、アン」
「ご、ごめんなさい!」
体がビクっと跳ねて、条件反射のように謝った。
「え?君を叱ったんじゃないんだけど……」
「え!?」
お互い不思議そうな顔を見合わせる。
「こいつはアンジュ。普段はアン、て呼んでるんだ。今のは君をびっくりさせたこいつを叱ったんだけど……」
「そ、そうだったんですね、私てっきり……」
「ごめん、話は中で座ってからでもいいかな?痛み止めのは効いているけど、正直なところ、立ちっぱなしはつらいんだ」
そう言われて、今日何度目かの自分の失態に青くなった私は、慌てて瀧沢さんについてお家にお邪魔することになった。
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