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12. 全然足りない。
[1]
修平さんとのディナーを終えて、家に帰り着いたのは私一人だけだった。
ホテルの部屋を出ようとした時に鳴った電話は、修平さんの職場からだった。
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「ちょっとごめん……」
そう言って電話に出た彼の話声が、ホテルの一室に一緒にいる以上、聞こうとしなくても耳に入ってくる。
電話の相手に返事をする修平さんの声がどんどん強張って行くのが分かった。
なにかあったのかな……。
トレンチコートを羽織って、乱れた髪を直すふりをしてバスルームに入る。鏡に映った自分の顔を見ると、やっぱり少し目が腫れてしまっていた。
通話を終えたのを会話から感じ取ってバスルームから出ると、携帯電話をポケットにしまっている彼が顔を上げた。
「ごめん、杏奈」
眉を下げた彼が申し訳なさそうな目をしている。
「ううん、お仕事?大丈夫?」
「いや、ちょっとトラブルが発生して……、急いで職場に戻らないとならなくなった。デートの途中なのに、本当にごめん」
「デート……そっか、これってデートだったんだぁ……」
「………くくっ」
「修平さん?」
「ホント、杏奈って癒されるなぁ。このまま小さくしてポケットに入れて連れて行きたい」
「もうっ!お仕事なんでしょ?トラブルなら早く行かなきゃ」
「だね…本当にゴメンな。送って行きたいけどその時間はなさそうだ」
「私なら大丈夫だから。こどもじゃないんだよ?」
「もちろんだよ。杏奈が素敵な女性だから、心配なんだ」
「修平さん!!」
最後の最後まで甘い台詞を惜しげもなく言う彼の背中を、押すようにしてホテルの部屋を出た。
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