12. 全然足りない。

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 翌朝目覚ました瞬間、強い既視感を覚えて勢いよく上半身を起こした。  私、また修平さんの部屋で寝てる!どうして!?  ゆうべは、確かに自分のベッドに入ったのに!  慌ててベッドから飛び出してリビングへと向かった。  もしかしたらまだ修平さんが家にいるかも、と思って。  ダイニングキッチンに続くドアを勢いよく開けると、私の期待に反してそこには彼は居なかった。  広々としたリビングダイニングの空気が冷たい。  「修平さん…」  ポツリと漏れる彼の名前と共に、肩が落ちるのが自分でも分かる。  下に向けた目線に、テーブルの上のお皿が目に入った。昨夜その上にあったおにぎりが、全て無くなっている。空になったお皿の下には何か書かれた紙が敷いてある。  私は飛びつくようにそれを手に取った。 ――――――――――――――――――――   杏奈へ   おはよう。よく眠れた?   おにぎりご馳走さま。すごく美味しかったよ。   それに元気を貰えた。ありがとう。      ゆうべは俺の部屋で寝なかったんだね。   俺の寝る場所を気にしてくれたのかな?   俺は杏奈がいた方がよく眠れるから、今夜こそ俺の部屋で寝てほしいな。   まあ、寝てなくても勝手に運ぶけどね。   俺の手間を省くと思ってよろしくね、杏奈。   修平  ――――――――――――――――――――  「ななななっ、なんでっ!」  その手紙を読んだだけなのに、修平さんの甘い声と悪戯っぽい瞳が浮かんでくる。  「結局また修平さんに運ばれたの…全然気付かなかったよ……」  文面からは彼も同じベッドに寝たことがうかがえる。  運ばれた上に、一緒に寝ていたのにも気付かないなんて、私ってどんだけ爆睡していたんだろう……。    全然記憶にないことが、余計に恥ずかしくて居た堪れない。  体がプルプルと震え、顔は真っ赤になっていく。  思わず彼に抗議のメッセージを送ろうかと思ったけれど、きちんと休む暇もないほど忙しい彼に、そんなどうでもいい内容のメッセージなんて送ってはダメだと、ギリギリで踏みとどまった。  『勝手に運ぶ』とまで宣言されたら、もうどうしようもない。  私は今夜から彼の部屋のベッドに自分で入らないといけないことを思って、大きくため息をついた。  心臓が忙しなく動いて気持ちが落ち着かない。けれども朝の一分一秒は惜しくて、私は急いで朝食を済ませアンジュとの散歩に行ってから、図書館へと出勤したのだった。  
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