12. 全然足りない。

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***  仕事を終えて帰宅すると、なんとなく家を出た時と違う感じが。  キッチンからダイニングリビングとひと続きになった広い部屋を、ぐるりと見渡してみる。するとダイニングテーブルの上に、朝出る時には無かった紙が置いてあることに気付いた。  テーブルの紙の前に立つと、ここ数日で随分と見慣れた文字が書かれてある。 ――――――――――――――――――――   杏奈へ   おかえり。仕事お疲れさま。    今夜は完全に泊まり込みになるので、準備をしに一旦帰って来たんだ。   今夜はしっかりと戸締りして寝るようにね。   俺はそろそろ限界だよ。杏奈が足りない。   君はそんなことはないかもしれないけど。   もう少しで片付くから、その時は杏奈を補充させてね。   修平 ――――――――――――――――――――  「修平さん………」  彼の名前を呟いた。  目の前の文字が、どんどんぼやけていく。  「私も修平さんが足りないよ……」  胸がキュウっと締め付けられて、瞼に熱が集まってくる。    「一人でのお留守番で泣きべそかくなんて、小さい頃以来かも……」  グズグズと鳴る鼻をすすって、ちょっと笑った。  そんな私のところにアンジュがやってきて、私のお腹に鼻を擦り付けてくる。  「ごめん、アンジュ。一人じゃなかったね。一緒にお留守番頑張ろうね」  こぼれかけた涙を引っ込めるために、大きく息をついてから、アンジュを撫でた。
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