12. 全然足りない。

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 「佐倉さん、あの時は本当にありがとうございました。お陰で修平さんのお誕生日をお祝いすることもできました」  「そうですか、それは良かったです。その後、瀧沢様の足の具合はいかがですか?」  「はい、足はすっかり良くなって、少し前にお医者さまから完治のお墨付きも頂けたみたいです」  「まあ!それはなによりですね」  「はい!―――でも……」  「でも?他に何か悪いところでも見つかったんですか?」  「い、いえ…悪いところはありません。ただ、その後すぐにお仕事でトラブルがあったみたいで……。今はほとんど家に帰れない状態なんです」  「まあ…それは大変ですね。しかし、そういったことは前からよくあったみたいですよ」  「そうなんですか?」  「はい。大奥様がご存命の頃、一緒に暮らしていらっしゃる修平坊ちゃまが、仕事ばかりであまり家にいないとよく嘆いていらっしゃいました。どちらかというと、彼の体を心配なさってそうおっしゃっていっらしゃったようでしたけれど。そのこともあって、アンジュを飼うことにされたようですし」  「そうだったんですか?」  「はい。仔犬だったアンジュが来てからは、瀧沢様の生活も随分と規則正しくなられたと伺っております。まあでも、今回は急務が落ち着かれたら、すぐにでもこちらに帰っていらっしゃると思いますよ」  「そう、でしょうか……」  自信ありげに微笑む佐倉さんに対して、私は頼りなげに眉を寄せる。  「そうですよ。杏奈さんがいらっしゃいますからね」  「えっ!!」  「ふふっ。長年の勘です。差し出がましいことを申し上げました」  佐倉さんは、あまり見ることの出来ない微笑みをうっすらと浮かべていた。  『長年の勘』の備わっていない私には、どういうことかよく分からなかったけれど、彼女の言葉が当たればいいな、と思う。  「早くお帰りになられると良いですね」  と言って貰った私は、その言葉に励まされてて、今日も頑張って仕事に行くことにした。
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