12. 全然足りない。

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 暗闇の中、月明かりを頼りにそっと足音を忍ばせてソファーに近づく。  少し近寄ったところで、ソファーの足元でゆらゆらと揺れるものがアンジュの尻尾だということに気が付いた。  なんだ、アンジュがソファーに乗ってたんだ。  でも、今までそんなところ見たことないんだけど……。  そう思いながらソファーの前まで辿り着いた時、月明かりに照らされてはっきり見えた。  「っ、―――」    ソファーの上で胸を上下させながらすやすやと眠っているのは、この家の主である修平さんだった。  ソファーの前に膝をついて、その寝顔を覗き込む。  実に五日ぶりに見るその顔は、心なしか痩せたように見える。  いつもの長袖Tシャツとスエットパンツを来て、髪が自然に下されているところを見ると、お風呂を済ませてからここで寝入ってしまったみたいだ。  私が力持ちだったら、修平さんのことベッドまで運んで上げられるのに……。  もっと鍛えておけばよかったかも、とちょっと残念に思う。    眠っているのに眉間にしわを寄せて、少し苦しそうにしているのが月明かりで見えた。  彼の頭を手のひらでそっと撫でてみる。  思ったよりも柔らかいその髪は、撫でているこちらが気持ちよくなってしまう手触りだ。  私はいつも撫でてもらうのに、反対に撫でるのは、初めてかも……。  見下ろす彼の寝顔が、少し和らいだ気がしてきた。  その寝顔をじっと見つめる。  長い睫毛、きめ細かい肌、整った薄い唇。  今までこんなにじっと彼の顔を観察したことがないことに気付いて、私はせっかくチャンスとばかりに、彼の顔に自分の顔を近付けた。  「もしかして……私の寝顔もこうやって観察されてたの?」  思わず声に出して小さく呟いた時、手首をグイッと力強く引っ張られ、私はバランスを崩した。
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