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「ありがとう」
優しいその言葉にそっと顔を上げてみると、瀧沢さんは少し困ったように微笑んでいた。
「良かった……」
彼から拒否されなかったことにホッとして胸を撫で下ろすと、自然と笑顔になった。
二人の間に和やかな空気が流れていた。
今朝出会ったばかりの男性と、二人っきりの部屋で微笑み合っているなんて今までの自分からしたらありえないことだ。
これが今日一日の運勢がもたらした結果なら、最悪最低とまではいかないのかも、なんて気すら起きてくる。
そんな平和な空気の中―――
「クゥ~ン……」
小さな鳴き声が聞こえた。
二人で一斉に足元に目線を落とす。
「あ、ごめんな、アンジュ。お前のご飯がまだだったな」
そう言って松葉杖を抱えて立ち上がろうとした瀧沢さんに、「あ!それなら私がっ…」と勢いよく一歩踏み出そうとしたその時。
ドサッ、と足元に置いておいた自分の鞄を、勢い良く蹴り散らしてしまった。
足元から一メートル先まで散乱した自分の荷物を目にして、「やってしまった…」と顔面から血の気が引いていく。
財布、携帯、手帳、書類、化粧ポーチ、折り畳み傘、その他諸々。
普段から何かと「要るかもしれない」物を携帯していないと落ち着かない性質なので、わたしの鞄は他人より大きめで重たい。
そんな慎重派が裏目に出てしまった。
「す、すみません……」
慌ててしゃがみ込んで散らばった荷物を拾っていると
「あ、」
という声と共に、視界の隅で瀧沢さんが何かを拾い上げる手が見えた。
「この本、今日発売のだ」
え、と思って彼の方を振り仰いだ。
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