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「車を停めに行ったのになかなか戻ってこないから、迎えにきたのよ。杏奈も一緒だったのね。……あら?そちらの方は?」
私の後ろに立っている修平さんに目を向けた母が、そう聞いてきた。
「はじめまして。杏奈さんとお付き合いさせていただいてます、瀧沢修平と申します」
さっきまでとは打って変わった礼儀正しい口調で、修平さんは母に挨拶をした。そんな彼を、ヒロ君が睨みつけるように見ている。
「杏奈、どういうことなんだ?ちゃんと説明しなさい」
『父親』の口調になったヒロ君が私の方をじっと見つめてそう言った。
「ヒロ君…隠そうと思ってたわけじゃないの…ちゃんと今日会った時に話そうと思ってたんだけど……」
なんだか自分が悪いことをしているような気持ちになって、言葉が尻すぼみになっていく。
そんな私を庇うように、修平さんが一歩前に出た。
「杏奈さんは悪くはありません。俺たちは付き合い始めたばかりなので、」
「お前には聞いていない」
修平さんの言葉を、ヒロ君は厳しい口調で断ち切る。
「ヒロ君……」
困った私を見かねた母が「はあっ」と息をついてから
「こんな所じゃなんだから、食事をしながら話しましょ。瀧沢さん、でしたか?」
「はい」
「お時間が宜しければご一緒に来てもらえますか?このままだと主人が杏奈を一方的に問い詰めることになりそうですので」
にっこりと微笑んだ顔をした母の目は、実は全然笑っていない。
「私一人でもちゃんと、」
「お邪魔でなければご一緒させてください」
言いかけた私の言葉を遮るようにそう言った修平さんの手が、私の背中をそっとひと撫でした。
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