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彼が拾い上げたのは、私の図書館員名札だった。
首から下げるタイプのネームタグになっていて、図書館名の下に「司書 宮野杏奈」と記されている。
それを目にして、私は自分の更なる失態を思い知った。
私、自分の名前すら名乗っていない!!!
「す、す、すみません~~~。名前すら名乗ってないのに、ずうずうしくお宅までお邪魔して~~」
もう半泣き、というか泣き出す一歩手前で謝った。
恥ずかしすぎて顔から火が出そうだし、情けなさ過ぎて瀧沢さんの方を見ることも出来ない。
すると彼は、
「あはっ、あははははははっ」
お腹を抱えて大爆笑しはじめた。
私は彼の笑いが収まるまでしばらく黙っていた。
いや、黙っているしかできなかったのだ。
世間では「イケメン」と呼ばれるであろう整った顔の男性が、目の前で大口を開けてお腹を抱えて笑っている。目はギュッと閉じられて、時々笑いすぎて滲んだ涙をその綺麗な指先で拭う。
笑われているのは私なんだけど、めったに遭遇することのない「イケメンの大爆笑」にそれどころじゃない。
口をぽかんと開けたまま、その姿を凝視してしまう。
ひとしきり大爆笑した瀧沢さんは、
「大笑いしちゃってごめんな。宮野さんっておっちょこちょい、て言われない?」
と謝りながらも聞いてきた。
反論なんか出来るわけもない。
緊張したりいっぱいいっぱいになると、私はちょっとしたミスをしてしまう。昔からおっちょこちょいなのは治らないのだ。
「…その通りです」
そう言ったら、瀧沢さんはまた苦しそうに「あはは」と笑った。
「なんか、憎めなくていいと思うよ。とりあえずお互いの自己紹介の続きは、こいつに夕飯をあげてからでいいかな?」
笑いながら瀧沢さんは、自分の足元に伏せるアンジュを愛おしそうな瞳で見つめた。
その瞳にどきっとしたけれど、瀧沢さんに見つめられたアンジュが「クゥゥゥン」と空腹で今にも死にそうな声をあげたのを見て、二人で顔を見合わせて「くすくす」と笑ってから、アンジュのご飯を用意することにした。
松葉杖を突いて立ち上がった瀧沢さんを手伝うべく、わたしもキッチンについて行く。
「お手伝いします」と言うと、彼はアンジュ用の餌の入った場所を教えてくれて、そこから言われた量の餌(ドライフードと言うらしい)を掬って、アンジュのトレイに入れて瀧沢さんに渡した。
アンジュはご主人の「マテ」にきちんと従って、「ヨシ」という合図が出ると待ってましたとばかりに餌のトレイに顔を突っ込んで食べ始めた。
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