6071人が本棚に入れています
本棚に追加
/271ページ
舞台の上から誰もいなくなると、場内の明かりがつく。暗さに慣れた目を眇めたせいで、瞼のふちに溜まった涙がポロリと落ちた。
「杏奈?」
「あ…、感動しちゃって……」
隣から覗き込んでくる修平さんに、指先で涙を押さえながらそう言うと、彼はジャケットからハンカチを出して涙を拭いてくれる。
「ありがとう……」
「ん」
涙を拭う彼の瞳が優しくて、なんだかもっと泣きたくなった。
「杏、泣くのはもう少し待ってろ。どうせこの後も泣くことになるんだろうからな」
「ヒロ君……」
「ほら、行くぞ。終わったら顔を出すって言ってあるから、きっと待ってると思うぞ」
「うん、分かった」
私とヒロ君の会話を聞いていた修平さんが、一人会話に着いて来れずに首を捻った。
「杏奈、行くって、どこへ?なにかこの後にも予定があるの?」
「えっと、修平さん、ちゃんと説明しようと何度も思ってたんだけど……」
「おいっ、急ぐから早く着いて来い。どうせ行けば分かるから。説明はそれからでもいいだろう」
先に歩き出した父に急かされて、私たちは急いでその後ろを着いて行った。
***
「え?そっちは、」
父は『STAFF ONLY』と書かれた扉を開けると、私の隣を歩いている修平さんがすこしびっくりしたようだった。
そんな声はまったく気にせず、父は関係者用通路をスタスタと歩いて行くから、私たち二人はその後ろを追いかけるように着いて行く。
立ち止まった扉には『橘ゆかり様 控室』とあった。
「え?橘ゆかり、の!?」
目を丸くする修平さんがそう言うと同時に、父はその扉をノックする。中から「どうぞ」と声がして、父が扉を開けた。
開いた扉の内側に、さっき見たばかりの着物姿があった。
最初のコメントを投稿しよう!