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一歩足を踏み出した父が、彼女のことをいきなりギュッと抱きしめた。
「とっても素敵だった。映画も由香梨さんも」
「ありがとう。それはあなたがいてくれるからよ、隆弘」
二人が目の前で唇を合わせる。軽く「ちゅっ」とする程度だけど、放っておくと人目も気にせずにエスカレートしていくことをよく知っている私は、心を鬼にして割って入ることにした。
「お母さん」
「──杏奈」
「映画、すごく良かった……私、いつもお母さんの書くお話しが大好きだよ……」
言いながら目元が熱くなってきて、浮かんできた涙をこぼさないように耐えながら、今日言おうと思っていたことを最後まで口にする。
「子どもの頃はお母さんが忙しくて寂しいと思ったこともあったけど、でも今は世界一尊敬してるよ」
言い切った私の目から涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「杏奈……ありがとう」
着物の袂から出したハンカチで私の涙を拭いてくれた母の目にも、涙が滲んでいる。
しんみりとした雰囲気が気恥ずかしくなって、言葉を探した。
「それにその着物も良く似合ってて素敵だね」
「ありがとう。うふふ、この着物、ヒロが今日の為に新調してくれたの。加賀友禅」
語尾にハートマークが付いてそうな母の嬉しそうな声に、私のつられて「クスっ」と笑う。
私の隣で唖然としている修平さんに、母がニッコリと微笑んだ。
「修平さんも、来て下さってありがとうございます。映画、楽しんでいただけましたか?」
隣の彼からの反応がない。横を見上げると、何度か口を動かしているけれど声にはならない、といった姿があった。
「修平さん……」
彼の袖をツンツンと引っ張ると、彼は私の方を一旦見て、また母の方に顔を戻した。
「あ、え…えっと、すみませんっ、映画、すごく良かったです。ちょっと、今、状況整理出来なくて……。えっと、杏奈さんのお母さん、ですか?」
「はい、杏奈の母の由香梨です。あ、今は『橘ゆかり』でもありますけど」
いたずらっぽく笑う母に、修平さんが息を呑んだ。それから、おもむろに両手で顔を押さえて、
「うわ~~っ」
と言って、その場にしゃがみ込んだ。
両手に入りきれなかった彼の耳が真っ赤に染まっているのを、私たち三人はしっかりと見てしまった。
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