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「す、すごいっ!!」
部屋に入った途端、一目散に全面ガラス張りの窓に駆け寄る。高層階にあるその部屋からは、街の夜景が一望できた。
無言のままの私が連れて来られたのは、レストランでも定食屋でもなく、ホテルの一室だった。
しかも、それまで泊まったことなんてあるわけもないくらい、高級感溢れるラグジュアリーな広い部屋。まるでマンションみたいにベッドルームとリビングルームが別々になっているそこが、いわゆる『スイートルーム』という部屋だということに、私はしばらくしてからやっと気が付いた。
窓に張り付くようにしている私の後ろに、修平さんがそっと立つ。窓ガラスに着いた私の手の上に、大きな手が重なった。
「杏奈」
耳のすぐ横で息をつくようにそっと名前を呼ばれ、背中がゾクッと震える。
「ご、ご飯は?」
他に言うことが思いつかなくて、そう聞いた私に、耳元に口を寄せたまま彼がくつくつと笑う。
「チェックインの時にルームサービスを頼んでおいたんだ。もう少ししたら届くと思うよ」
「ルームサービス……」
「今日一日沢山働いて疲れたでしょ?映画の後はゆっくりしたいかなと思って、この部屋の予約をしておいたんだ。夜遅いし、部屋で食べてそのままのんびりしよう」
「あ、ありがと……」
「どういたしまして」
後ろから私を抱きしめた彼が、私の首筋に「ちゅっ」と音を立てた。
「やっ!」
弱いところを吸われて反射的に身をよじる。すると腰に回る彼の腕に力がこもった。
「杏奈、好きだよ」
もう一度耳元に口を寄せてそう囁かれるだけで、足の力が抜けそうになる。
いつもなら体の芯から蕩けそうな言葉なのに、今は私を言いくるめるためのものに感じて面白くない。
自分でも思いもよらないセリフが口から飛び出した。
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