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「……りも、好き?」
「え?」
私の声が小さすぎたのか、彼には届かない。
「『橘ゆかり』よりも、好き?」
今度は聞こえるようにハッキリと言った。
言ったものの──いや、言ってしまったからこそ、自分で自分が恥ずかしくて堪らなくなった。
どこの世界に自分の母親に嫉妬する彼女がいるのよっ!
そう。つまり私は母に嫉妬しているのだ。単なるヤキモチ。
そんなつまらないことで、いちいち彼を問い詰めてしまう自分の幼さに嫌になってしまう。
情けなくて恥ずかしくて、目のふちに涙が溜まってくるのを感じていると、突然体がグルッと回された。
「っ!」
声を出す暇もなく、彼に抱きすくめられる。
ギュウギュウと腕に力が込められて、苦しさのあまり声が出た。
「く、くるしい…修平さん」
腕の中でもがくと、その腕が少し緩む。私は大きく息を吸い込んだ。
「杏奈、可愛い」
頭の上から降ってきた言葉に、顔を上げる。
そこには、蕩けるほどの笑顔の修平さんの瞳とぶつかった。
「杏奈、可愛すぎ」
二度も『可愛い』を連発されて、カーッと血の気が走る。
「可愛くないっ!さっきからずっと、可愛くない態度ばかりとってるもんっ!」
ここに来る前からの自分の態度を振り返っても、可愛い要因なんてひとつも見当たらない。
修平さんは、『可愛い』って言えば私の機嫌が直るって、そう思ってるんだ。
またしても、お腹の中がムカムカしてきた。
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