14. あなたに伝えたいこと。

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 「そのことがあってから、私は母の仕事のことを外では口に出さなくなったの。修平さんに言ったみたいに『仕事で忙しい』とか『出版関係』とかって、ぼやかした言い方をしてね。特に大学では文学部だったから、『橘ゆかり』を研究している学生とか居て、なんか逆の意味で言いにくくもなって」    「ああ、それは言いにくいかもな」  「うん、すごく仲良くなった友人にしか打ち明けなかったの。その彼女とは今もたまに会ったりするくらい仲良くしてるよ」  「そうか、いい友人がそばに居てくれたんだね」  「うん」  「でも、そんなことがあったら俺にも最初から言うのは難しいよな」  「………でも、途中からは『母のこと言わなくちゃ』と思っていたの。だけどなかなか言い出せなくて……。修平さんのこと信用してないとかじゃないの。なんか、時間が経てば経つほど『出し惜しみ』してるみたいな感じになって言いにくくなってしまって……本当にごめんなさい」  「そのことなら本当にもういいんだ、杏奈。俺も最初の食事の時に、由香梨さんのこと気付かなかったし。本とか新聞で『橘ゆかり』の写真は何度かみたこともあったのに」  「それは仕方ないと思う。だって、母はプライベートと『橘ゆかり』の時の外見を完全に分けてるから」  母は、普段は黒縁眼鏡で長い髪を下ろしたままにしている。執筆中は髪を括っているけれど、大体はラフな格好で化粧もしない。とくに締め切り前になると、いつ顔を洗っているかも分からない。  本人曰く、鬼気迫る形相になるからそれを見られたくなくて、書斎に籠っているらしい。  一方で、今日みたいに『橘ゆかり』として公式の場に登場する時は、着物とまとめ髪、そしてコンタクト。そのうえプロのメイクスタッフが化粧をしてくれるので、その才能と同様の眩い姿に変身する。  そんな彼女が同一人物だと気付くのは、母に一二度会っただけの人には無理だと思う。父は例外だったけど。  ちなみに母の旧姓が「立花」だということを修平さんに話すと、「ほぼ本名だったんだ!」と驚いていた。 ――――――――――
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