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一歩ずつ、ゆっくりと、彼女の方に近づく。
ビックリしたまま見開かれた彼女の大きな瞳には、うっすらと涙が盛り上がっている。
行く手をアンジュに阻まれたままどうしたら良いのか分からない様子で、戸惑っているのが伝わってきた。
カツン、松葉杖の音を鳴らして、彼女の目の前に立った。
「うちに泊まったらいい」
彼女の大きな瞳が更に大きく見開かれた。
俺を見上げる瞳が、薄い涙の膜に覆われてキラキラと光っている。
こぼれそうな涙を、落ちてしまう前にすくい取ってしまいたい衝動に駆られて、右手を彼女の頬に当てた。
その瞬間、彼女の頬が一気に朱に染まった。
「たっ、瀧沢さん!?」
何が起きているのか分からない、と言うような動揺ぶりに思わず微笑んでしまう。
「今夜はこのままうちに泊まっていいよ」
「えっ?」
「帰っても寝られるような状態じゃないんでしょ?それに既に鎮火済みとはいえ、数時間前まで燃えていた家の隣にいるなんて危ないよ。うちなら客室もあるし、着替えとか大抵のものは姉のがあるから使ったらいい」
「で、でも…私、これ以上迷わ、」
「ついでと言ったらなんだけど、明日の朝、アンジュの散歩に行ってほしいんだ」
きっと「迷惑をかけられない」と言おうとしたであろう彼女の言葉を遮って、もっともらしい理由を言った。
「足の痛みが引くまでは、アンジュの散歩に行けそうにない。散歩を我慢させるのはやっぱり可哀想だから、もし出来たら宮野さんにアンジュの散歩をお願いしたい。ダメかな?」
いかにも申し訳ない、という態で言い連ねると、彼女はうつむいて少し思案するように目を彷徨わせてから、勢いよく俺を見上げてこう言った。
「分かりました。アンジュさんの散歩はお引き受けします。あと、お言葉に甘えて、今晩お世話になります」
そう言ってガバリと頭を下げたのだった。
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