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「しばらくの間、ここにいて。アンジュの世話を頼んでもいいかな?」
瀧沢さんは真っ直ぐに私の目を見て、はっきりとした口調でそう言った。
「え?…それって、」
彼が何を意図しているのかよく理解できなくて聞き返した。
「宮野さんには俺の足が良くなるまでの間、ここに住んでアンジュのことをお願いしたい」
今度はその言葉の意味が頭に入ってきた。
理解したと同時に、今度は驚きで頭の中がぐちゃぐちゃになる。
え…ここに住む―――って、瀧沢さんと一緒に住むってこと!?
「ダメ、かな?」
さっきまで真剣な顔をしていたのに、眉を下げて小首を傾げた。
ただでさえ破壊力抜群の整った顔なのに、困った仔犬のような瞳で見上げてくるなんて……私の心臓なんて一発で打ち抜かれてしまう。
こっ……このヒト、分かってやってるの!?
自分の頬に一瞬で朱が差すのを自覚しながら、瀧沢さんの瞳から逃げたくて目をあちこちに彷徨わせた。
「ゴメン、勝手なこと言って。宮野さんも住む場所を探したりするのに、ホテル暮らしじゃ大変だし、アンジュも君を気に入っているみたいだし、君に居てもらえると俺も何かと助かるし…あ、もし彼氏のうちとか、行くところがあれば無理に、とは言わないよ。アンジュを頼めそうなペットシッターさんを今から探せばなんとか、」
「か、彼氏はいません!」
慌てて彼氏の存在を否定した。
口にした端から、「しまった」と思ったが後の祭りだ。
「なら大丈夫だね」とにっこりと微笑まれて、「で、でも…」となんとか彼の提案を断ろうと、頭を捻った。
確かにアパートがどういう状態であろうと、しばらくはホテルに寝泊まりしないといけないな、とは思っていた。
ハッキリ言って社会人二年目の給料では数日間のホテル暮らしはかなり痛い出費。でも、かと言って、男性の一人暮らしのお宅に住み込むなんて勇気は私には持てない。
ゆうべは、火事の知らせのショックで呆然としているうちに、なんだかんだと瀧沢さんに言いくるめられた気がする。
結果的にはそのおかげで彼の痛みに気付くことが出来たから、結果としては悪くないとは思うけど……。
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