5. 大義名分いただきます。

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 それからしばらくは桜を眺めつつ川沿いの歩道を進んでいたけれど、ほどなくしてアンジュが住宅街の道の方へと曲がった。  私にはなんとなくの方向しか分からないまま、気付いたら瀧沢さんの家まで帰りついていた。    全然迷わなかったし、時間もぴったり。  アンジュの誘導力に心底感心しながら門をくぐり、アプローチを歩いていると、「おかえり」という声が聞こえた。  声がした方を見ると、テラスの窓から顔を出した瀧沢さんが。  「ただ今戻りました」  「どこ回って来たの?迷わなかった?」  「はい。アンジュさんについて行っただけなのですが全然迷いませんでした。アンジュさんすごいです!あっ、河川敷の桜のところを通りました!早朝の川辺の桜って本当に綺麗ですね!私、こんなに朝早く、あの河川敷に行ったことがなかったので初めてで……すごく感動しましたっ!」  突然興奮しながら勢い良く喋りだした私に、瀧沢さんは一瞬目を丸くして、その後「ぷっ」と小さく噴出してから肩を震わせ笑い出した。  「ごっ、ごめんなさいっ。喋りすぎですね……私」  真っ赤になって狼狽(うろた)える私を見て、瀧沢さんは笑いをこらえて笑顔をくれる。  「笑ってゴメン。本当に桜が好きなんだね。昨日もうちの庭の桜に見惚れてたみたいだし」  「……スミマセン」  微笑みながら見つめられて、ますます恥ずかしくなった私は下を向いて、手に持っているリードをグッと握りしめた。  「謝らないで。からかうつもりじゃなかったんだ。アンジュの散歩ありがとう。きっとアンジュは君に河川敷の桜を見せたかったんだと思う。そうだよな、アン」  瀧沢さんは最後の台詞を言いながらアンジュの方を見た。言われたアンジュの方は、嬉しそうに尻尾を振りながら、舌を出してハッハッと呼吸している。    「散歩の後は水分補給だね。中に入っておいで。あ、その前にアンジュの足を玄関の横の洗い場で洗って貰えるかな?」  「は、はい」  私は言われた通りにアンジュの足を洗ってから、家に上がった。
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