6. 自分で頑張るって決めたから……

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   自宅に電話をかけると思った通り母が出て、「朝から電話なんて珍しいわね」と言う。  千紗子さんに話したように火事のことを母に話すと、たちまち私は猛質問攻めにあった。  母は慌てた声で、「怪我はしてないの?」と一番に言った。  「その時間に自宅にいなかったから無事だった」と答えると、母は長い安堵の息を吐いた後、「良かった」とひと言呟いた。  それを聞いて、ハッとした。  私が思っているよりもずっと、母は私のことを心配しているのだと。    それから火災保険の事や今後の住む場所のことなどを、ひと通りやり取りした。  住む場所については、「友人の家にいる」と誤魔化した。  さすがに出会ったばかりの男性の家に居候するなんて、いくら母にでも言えない。   それと同時に、普段娘の私に、あまり動揺する姿を見せない母がこうなのだから、これが父だったらいったいどうだったのか。    「お父さんがこの電話取ってたら、全部話を聞く前にこっちを飛び出してあなたのところに行ってるわね」  と母が呆れながら言ったので、私の予想は間違ってないな、と思った。  きっと父なら問答無用で私を実家に連れ戻すかもしれない。  なんて、想像しただけで背中に冷たい汗が落ちる。  そんな私の恐れを電話口で感じ取ったのか、母が言った。  「お父さんには私から上手に伝えておくわ。でも、つらくなったらいつでも帰っていらっしゃい。時間はかかるけど、うちからでも通勤はできるのだから」    私のことを心配しながらも、私の気持ちを尊重してくれるそんな母に感謝して、「ありがとう」と言ってから電話を切った。 ――――――――――  正直、自宅アパートを見に行くのが怖い。本当は一人でなんて行けそうにないくらい緊張している。  でも私は一人じゃない。  私のことを心配して手を差し伸べてくれる家族や先輩の顔を、自転車を漕ぎながら思い浮かべた。  自転車のペダルをグッと踏みしめた瞬間、この自転車を貸してくれた時の彼の顔が脳裏に走った。  『気を付けて行っておいで』  そう言って、心配そうな顔で送り出してくれた彼のことを思い浮かべると、心の奥が温かくなるような、キュッと苦しくなるような、説明出来ない気持ちになる。    「しっかりしなきゃ」  そう自分に言い聞かせるように呟いて、アパートまでの道のりを急いだ。 
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