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その時、一台の車が私がいる歩道にすーっと横づけして静かに止まった。黒い車体の左側のウィンドウが静かに下がる。
「どうかしましたか…?お怪我などされてませんか?」
斜め上から不意にかけられたその声に反射的に顔を上げた。私より少し年上の男性が車の窓から顔を出している。
一瞬、時間が止まったのかと思った。
バランスの取れた整った輪郭に、くっきりとした二重の瞳。
きりっと上がった眉毛は太すぎないのに男らしい。
薄い唇は今は閉じられていて、ふんわりとした柔らかそうなダークブラウンの髪が春風に揺れていた。
「大丈夫ですか?」
自分のことを涙目で見上げたまま身じろぎすらしない私に、その男性は心配そうにもう一度声をかけた。
「す、すみません。なんでもないんです。怪我とかしてませんので。ご心配ありがとうございます」
いい大人なのに、こんなところでしゃがみ込んだままで泣きべそをかいていた自分が恥ずかしくなって、慌てて立ち上がってその男性にお礼を言った。
「そう。なら良かったです」
そう言って柔らかく微笑んだ彼と目が合った。
私の心臓がドクン、と音を立てて波打った。
でも次の瞬間、彼は私から目線をずらし、私の隣の自転車を見た。
「もしかしてパンクですか?」
ハっとした。
そうだった。こんな所で立ち止まっている場合じゃなかったんだ…!
「ごめんなさい、私急いでいて……」
そう言ったものの、どうやって図書館まで行けば良いのか分からなくてまた口ごもってうつむいてしまう。
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