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[2]
それから私は涙を拭って荷物を鞄に詰め、管理人室へ行き、管理人さんご夫婦とお互いの心配をしたり今後の話を聞いたりした。
―――の、はずなんだけれど。
それが画面の向こうの出来事のようで、ハッキリと覚えていない。
今手にしている鞄も重たくて、何かが沢山入っているみたいだけど、何を詰めたのか全くと言っていいほど覚えていない。
ただ来た道を、来る時とはまったく別の気持ちで、無心に自転車を漕いでいった。
そしてやっと瀧沢家の大きな門をくぐった瞬間、軽い眩暈を覚えてギュッと目をつぶった。
───なんで私、ここにいるの?
森の中で迷子になったみたいな
霧の中で身動きが取れなくなっているような
そんな心細くて途方に暮れたような気持ちに、叫びだしたくなる。
アプローチの真ん中でじっと立ち止まっていたその時、
「ワンワンッ」
黒っぽいものが駆け寄って来た。
「アンジュ……」
アンジュが私の手に鼻を擦り付けてくる。
「あったかい…」
アンジュの柔らかい体に触れると、私の体に血の気が戻ってくる。
しゃがんでアンジュの首に腕を回した。
「ただいま、アンジュ……」
私の頬に頭を擦り付けてくるアンジュを数回撫でて、立ち上がった。
「お迎えありがとう。ちょっと元気出たよ」
アンジュと並んで玄関までのアプローチをゆっくりと進んだ。
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