6100人が本棚に入れています
本棚に追加
***
アンジュの夕方の散歩時間が近付いたので、仕度をしようとした私を、修平さんは「今日は初日だから無理しないで」と言って引き留めた。
大型犬にとって散歩の時間は朝夕一時間以上が望ましい、と何かで読んだことがある。
私は修平さんにそのことを話して「やっぱり散歩に行ってくる」と言ったのだけど、「それなら」と修平さんはテラスの窓を開けてそこに腰かけた。
「俺も仕事でいつもアンジュの散歩に朝晩行けるわけじゃなんだ。アンジュには申し訳ないけれど、無理なものは無理だから」
「そうだよね……」
「でもそういう日には、庭でこうやって遊ぶことにしてるんだ」
と言い終わると同時に、彼は手に持っていたボールを遠くに向かって放り投げた。
弧を描いて庭の向こうまで飛んでいくボウルを、アンジュが素早く追いかけ空中でキャッチする。
「す、すごい!!」
その俊敏さとジャンプ力にびっくりした。
思わず立ち上がって拍手を贈る。
私がそうしている間に、ボールを咥えたアンジュが走って戻ってきた。
彼女は修平さんの前まで来て“おすわり”のポーズを取ると、彼の差し出した手にボールをポトンと乗せる。
「それっ」
彼はボールを再び遠くに投げた。
私はそれを修平さんの後ろに立って見ている。
ボールを拾いにいったアンジュを二人とも目で追っていると、
「『宝物』残念だったね…。どんな物だったか俺が聞いてもいいかな?」
修平さんの問いかけに、私は『宝物』のことを思い出した。
ダメになっていたけれど、あのままあそこに置いておきたくなくて荷物の中に入れたんだった。
この家に戻って来てすぐ、疲れ果てて眠ってしまったから、私は持って帰ってきた荷物をまだそのままにしていたんだった。
「ちょっと待ってて」
私は急いで部屋へと戻った。
最初のコメントを投稿しよう!