7. 二人と一匹暮らし、始めました。

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[2]  千紗子さんと別れて喫茶店を出た私は、自転車を漕いで帰宅を急いだ。  春の日暮れは早い。少し前に比べて日が長くなったとは感じるけど、もう夜の(とばり)が降りようとしている。  「急いで帰ってアンジュのお散歩に行かなきゃ……」  自転車をフル回転で漕ぎながら一人ごちる。  橋を渡って、住宅地の入口に辿り着く。ここからは緩やかな坂道になっているので、私は気合を入れてペダルを踏み込んだ。  ―――とその時。  後ろから車のエンジン音が。  あまり広くはない道のため、一旦端に寄ってやり過ごすことにする。  止まった私の隣を、車がゆっくりと徐行して抜いて行く。  その車に、なぜか既視感が湧いた。  黒い車体の左ハンドルの車。  高級外車と言われるそのエンブレムを、私はつい最近見たばかり。  運転しているのは女性だった。肩先で綺麗に切りそろえた髪が、知的そうな感じの。  同じような車なんて、いくらでもいるじゃない……。  ここはそういう住宅街なんだしね……。  車の細かい種類なんて分からない私はそう結論付けて、坂道を上るべく再びペダルを踏み込んだ。  修平さんの家は坂の上の方にある。  私は一生懸命ペダルを漕いで上っていたけれど、途中で力尽きてしまい、最後の方は自転車を押しながら上がって行った。    「やっ、やっと着く~~っ!」  自転車を押すことに必死になって足元ばかりを見ていた顔を上げると、瀧沢邸の前に黒い車が停まっているのが見えた。車は塀に寄せた形で停めてあるので、恐らく誰か修平さんの所に来ているんだろうと思う。  門から中に入ろうと車の横を通った時、その車がさっき見た車と同じだということに気が付いた。  「さっきの女の人が来てるの…?」  なんとなく胸がざわつく。さっきまで急いでいた足が途端に重くなる。    ゆっくりと自転車を押しながら門から中へ入った。
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