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門から玄関までのアプローチの途中で、修平さんと女の人のやり取りが耳に入ってきて、思わず足を止めた。
「それじゃあ、置いといたからね。これ返すわ」
「わざわざありがとう、葵。助かったよ」
玄関先でその女性が何かを渡しているのが見えたけど、彼女の背中でそれが何かまでは分から無い。
「何かあったらいつでも遠慮なく言ってよ。その足が早く良くならないと、私も困るんだから」
「そうだな。明日は行けるから、心配しないで」
「じゃあ、また」
振り返ったその人が私を見て「あ、」と声を出した。
その声で私に気付いた修平さんと目が合った。
「おかえり、杏奈」
笑顔を浮かべて私を迎えてくれた修平さんから、なんとなく目を逸らした。
「…杏奈?」
「わ、わたしっ、アンジュの散歩に行ってきます!!」
何となく居た堪れないような気持ちになって、修平さんと目を合わせず足早に自転車を置きに行った。
そして、自転車置き場の隣に掛けてある散歩用のリードを取って、玄関から体を出していたアンジュを呼んだ。
「アンジュ、お散歩行こう!」
『散歩』の言葉に反応して、尻尾を振って駆け寄ってきたアンジュの首輪にリードを繋ぎ、急いでもと来た方へと体を向けた、その時。
「杏奈、散歩は、」
「行ってきます!」
修平さんが何か言いかけたのを振り切るようにして駈け出した。
私は修平さんから目を逸らしてから一度も、彼らの方を振り返らなかった。
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