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「なぁ、籠……」
「ん?」
籠と呼ばれた男は、柔らかな微笑を浮かべ釣り針を触る手を止めた。
彼は、煌が幼い時に亡くなった両親の代わりに、煌を自分の息子と思って育ててきた。
煌もまた、彼を本当の父親のように慕っている。
「籠は、王様のお父上――先王様の家臣だったんだよな?嬴政王子様について、なにか知っていることはないか?」
あ、でもまだ幼い頃だったから分からねぇか……と小さく一人ごちる煌に、籠は浮かべていた微笑を消し、「昔話で良ければ構わないが……」と切り出した。
「本当に知りたいことは、自分の目で見極めろ。いいな?」
「あぁ。勿論だ」
「……よし」
籠は彼の素直な返答に満足げに頷くと、さて、何から話そうか……と思考を巡らせる。
すると、ふと、花のようにふわりと笑う彼女を思い出した。
かつて"私の人"と慕い、いつの日も飽きることなく恋焦がれた一人の女人。
――あなたのことも、話してしまおうか……?
そうしたら、少しは楽になれるだろうか。
「……籠?」
こちらを覗き込む訝しげな瞳に、はっと我にかえった籠は、誤魔化すように笑むと、
「さて……今宵は長くなるぞ」
釣り針から手を離すと、頬杖をついてにっと笑んだ煌に開口を切った。
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