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替わって、こちらは王宮。酒が振る舞われている賑やかな客間に、一際大きな声が響き渡った。
「煩い!」
皆が一斉にその声の主に注目する中、横に控えていた一人の男が、慌てたように声をかける。
「え、嬴政王子様……!」
嬴政と呼ばれた少年は、小さく舌打ちをすると、椅子から立ち上がり、無造作に結われた黒髪と共に朱色の衣を翻した。
節度なくドタドタと廊下を歩く彼を、男は小走りに追いかける。
「お待ち下さい、王子様!」
しかし嬴政は立ち止まることなく、そのまま角を曲がってしまった。
男――呂不韋は足を止め、小さくため息をつく。追うことを諦めたわけではない。こういうときは、あえてそっとしておいた方が良いのだ。
長年の経験上――長年というほどの年齢ではないが、彼が極度の癇癪持ちであることを、重臣の呂不韋はよく理解していた。
元々、彼の父である現王の家臣として登用されたのだが、王妃――つまり彼の母から手に負えぬと泣きつかれ、気付けば彼に付ききりになってしまい、今日に至る。
――しかし今日は……
「いつにも増してご機嫌斜めだったな……」
先ほどだけではない。朝の稽古からずっとである。
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