囚われたのは、俺の方

1/2

29人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ

囚われたのは、俺の方

開花を待つ桜のそばには祠と野仏、遠くには吾妻連峰が見渡せ、この辺りの地域全体に懐かしい古き原風景が広がっている。 「ただいま」 築100年の古民家を改装し終の棲家にした。家のなかは足の踏み場もないくらい散らかっていた。出掛ける前に綺麗に片付けたはずなのに。また俺の服を全部引っ張り出したな。たく、しょうがないな。 転々と落ちている服を一枚ずつ拾い上げ、奥の部屋に向かうと、こんもりと服の山が出来ていた。見ると俺の服を抱き締めすやすやと眠っているコウタがいた。 そうコウタは生きていたのだ。 両方の脚とすべての記憶を失ったけれど、あの大津波のあと木に掴まり海を漂っていたところを奇跡的に助け出された。その後、身元不明のままドクターヘリで運ばれた福島市内の総合病院で10年近く眠ったままだった。俺は兄ではなく、あくまで南相馬市の市職員として他人のふりをして病院に通い、退院時、身元不明で引き取り手がなかったAを引き取った。 さっきまで泣いていたのだろう。目の淵にあるほくろのその黒が滲んで、儚い透明感を醸し出していた。思わず目蓋に軽く口付けをするとコウタの体がぴくっと微かに動いた。 だぼだぼのシャツの下には何も身に付けていなかった。背中には男に刺されたと思われる傷跡が今もくっきりと残っている。 キメの細かい白い肌に黒いポツンとしたしみのようなほくろ。ごくりと生唾を飲み込み、太ももにそっと手を這わせた。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加