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令嬢の婚約者
声がした方に走る。数人の男に路地裏に連れ込まれようとしている女性の姿が見えた。
その様子をただ震えながら見ているのは、付き添いのメイドだろうか。
彼らが消えた場所は広場脇の路地裏。
数歩行けば風光明媚な広場の風情が広がっていると言うのに、その一角は暗く湿気を孕んでいる。
「こういう場所は一掃しなければならないな。帝都の治安に関わる」
「そうですね……って、今そんな事考えてる場合ですかッ」
数人の男たちに囲まれる女性の姿を認め、足を止める。
——女性に群がるのは、魔力を湛えた凶暴な獣でもなければ獰猛果敢な戦士達でもない、ただの悪漢だ。
カイルは平然と彼等に言葉を放つ。
「何をしてるんだ。その人を解放しろ」
淀んだ空気に割り入った明晰な声に、女性を囲んでいた男らが振り返った。
「——あ?!何してるって、見りゃわかるだろう!邪魔すんな」
キャッ
男の一人が女性に触れたのか、短い悲鳴が響く。
「……五人か」
「どうします?」
「ダルいが適当に済ませよう」
口角に笑みさえ溢れる余裕。
「御意ッ!」
二人は携えていた長剣の鞘を構える。
彼らの殺気に気付いた悪漢が振り返り雄叫びを上げて飛びかかった。巨漢にノッポ、いづれも威勢猛々しく次々と仕掛かるが、横腹に鞘を喰らったと思えば強烈なアッパーを受ける、到底歯が立つはずもない——男どもは知る由もないが、帝国一、二の実力を持つ剣士らを相手にしているのだ。
どさり、どさりと二人がやられ、残りの三人も負けじと飛びかかるも、息を呑む隙も与えられず地面に伸びてしまった。
「ロイス、その辺に治安部の隊員はいないのか?」
「大通りまで出れば。俺、呼んできます……」
ロイスが早々に去ったあと、湿った地面に転がる五体を見遣りながらカイルは吐息をつく。
(帝都の治安もまだまだだ……)
——そう言えば、彼女は?
顔を上げれば路地裏の壁に張り付くようにして、一人の少女が地面に膝を付いている。見開かれた目は怯えきっていて——茫然とこちらを見つめている。
「……立てるか?」
手を差し伸べると、少女は虚ろに惚けたまま……ひどく躊躇いがちにその手を差し出した。
手と手が触れたとき、彼女の指先が微かに震えたが——、かまわずに掴んで引き上げる。
少女がハッとして何度か瞬きをし、互いに目が合った。
とても綺麗な子だ。
緩やかにウエーブがかった艶やかな金髪を腰の辺りまで伸ばし、恐怖で少し泣いたのか、カイルを見上げる大きな青い目は僅かに涙をたたえている。
雪のような白い肌に色を添える鮮やかな薔薇色の唇——ほとんど化粧をしていないのに、人目を惹く美貌だ。
「お嬢様———っ」
泣きじゃくりながらメイドが駆け寄り、立ち上がったばかりの少女を抱きしめる。
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