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(幕間)早朝のサプライズ
これまで数えきれない夜を数えきれない侍女達と過ごしながら、女性の寝顔を見るのは初めてだった。
(……慣れないことをさせたから、疲れたのだろう)
隣で静かな寝息を立てるセリーナを起こしてしまわないかと躊躇いながら、カイルは彼女の額にかかった髪を指先で触れてみる。
目を離せば、儚い幸せが目の前から消えてしまいそうで——。
「お前がもっと“普通の侍女”なら。俺も割り切れたのかも知れないがな」
頭上の天窓に、大きな月が見える。
「満月、か」
身体中からほとばしる愛しさで華奢な身体を包み込み、艶やかな髪に鼻をうずめて目を閉じる。
「………落ち着く」
第54話 (幕間)早朝のサプライズ
「私……すっかり、眠って……?」
天窓から差し込む光の眩しさに、セリーナは寝ぼけ眼をしばたたかせた。
「え……」
ぼやけた思考で起き上がり、周囲を見渡す。
(まさか……)
———殿下のご寝所っっ!!??
( 嘘……)
カイルの寝所で朝までウッカリ寝込んでしまったなんて、他の誰からも聞いたことがない。
カイルは宵の義務を終わらせると、侍女が怠かろうが眠かろうが叩き起こして退室させるのだから。
柱時計の針は午前七時を差している。
寝所にカイルの姿はない、既に出掛けたのだろう。
気怠い身体を奮い立たせると、寝具のかたわらにきちんと畳まれたローブと夜着が置かれていた。
(これっ、……)
——まさか、殿下が?!
着衣が置かれていた事に感激しながらそれを羽織り、部屋の中を冷静に見てみると、乱れていたはずの寝具は整えられ、湯殿に行けば湯も抜いてある。
この時間、寝所に誰かが入って掃除したとは思えないので、これはきっとカイルの仕業だろう。
(殿下に片づけさせて、自分が寝込んでしまうなんて……っ!)
不甲斐なさに落ち込みながらヨロヨロ歩くと、テーブルにメモ書きがあって、その上に小さな紙の袋が置かれている。整った字で綴られていたのは、
『ゆっくり休めたか?これは帝都視察の土産だ』
「え、——……」
……——おみやげ?!
思いがけない出来事に湧き立つ喜びに、興奮する気持ちをどうにか抑え込みながら、メモと紙の袋を大切そうにそっと胸に抱え込む。
「おみやげだなんて、もらったの初めてです、殿下……!このまま私、溶けてしまいそうです……」
*
「食後は珈琲になさいますか?」
給仕が話しかけるが上の空で、ちぎったパンを手に持ったままそれを口に運ぶ様子もなく、カイルは目を伏せたまま虚空を見つめている。
空腹なはずなのに出された食事が進まない。
視察に行ってからずっとあたためてきた手みやげ。
面と向かって差し出すのはどうにも気恥ずかしく、すぐに渡せば良かったものを何度も躊躇って……。
走り書きのメモなんかと一緒にテーブルに置いて来てしまったが、セリーナはそれを見つけただろうか。
高価な物ではないが、好きな女性に初めて選んだギフトだ—— そのとき彼女がどんな顔をするのか。
(もしかしてその極めて貴重な瞬間を、俺は見そびれてしまったんじゃないのか?!)
やはり直接手渡すべきだったか、それとも……。
(ああ、なんでこんな事で悩むんだッ!)
改めてこの気持ちは厄介だと宙を睨む。相変わらず食事にはほとんど手を付けていない。
そんな自分に幾分呆れながら、カイルは席を立つのだった。
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